③ 角川文庫版の印象
こころぴょんぴょん!わたしのDaydream
角川文庫版
 


新訳 思い出のマーニー (角川文庫)
新訳 思い出のマーニー (角川文庫) [文庫]
ジョーン・G・ロビンソン
KADOKAWA/角川書店









③-1
統一感とバランス


 
 
こうして読んでみると、翻訳の文章から来る雰囲気の違いというのは結構あるものなのですね。。。


岩波少年文庫版→少年少女向けで、

新潮文庫版→読書好きの方向け。


岩波版は読者への親しみをこめた情感のある文章。
逆に、新潮版は読者への感情を抑制した質実剛健な文章。




この角川文庫版の翻訳の文体は、まさに岩波版と新潮版の中間だと思いました。
アンナの心情を語るときは、アンナ自身のモノローグのようなくだけた表現になるのですが、その他の状況説明などの場面では新潮版のような硬質な表現になる。
見ようによっては統一感がないとも言えないこともないような。。。

ただし、言い方を変えれば、岩波的な文体と新潮的な文体のハイブリッドのような形になるので、偏りなくバランスがとれている、とも言えるかと思います。



冒頭部分
ミセス・プレストンはいつもの心配そうな顔で、アンナの帽子をまっすぐに直した。
「いい子でいるのよ。楽しんできてね。それから、ええと……とにかく日焼けして、元気に、笑顔で帰っていらっしゃい」片手でアンナを抱き寄せると、別れのキスをした。アンナをあたたかさと安心と愛情を感じられるように、という気持ちをこめて。
でも、アンナはミセス・プレストンのそんな気づかいを感じとって、やめてくれないかな、と思った。気づかいなんかされると、ふたりのあいだに垣根ができて、自然なさよならが言えなくなる。
(中略)
かわりにアンナは、スーツケースをぶらさげたまま列車の乗り口の前にぎこちなく突っ立って、こう願っていた。わたし、「ふつうの顔」をしているといいけど……どうか早く列車が出ますように。



アンナとマーニーが初めて出会ったシーン、↓

すると、女の子は引きとめた。「だめよ、行かないで!なにばかなこと言ってるの。わたし、あなたのことがすごく知りたいのに。あなたは、わたしのことが知りたくないの?」
 アンナは返事をためらった。わたし、この不思議な子のこと、知りたいのかな?
 



かどっこ屋敷のサンドラとけんかをした後のシーン↓

アンナは、小道を歩きながら、腹立ちまぎれに生け垣の合間に咲いているヒナゲシをむしりとり、ほてった手でくしゃくしゃにすりつぶした。どんな子なんて自分がいちばんよくわかっている。みにくくて、まぬけで、短気で、ばかで、恩知らずで、礼儀知らず……だから、だれにも好かれない。でもそれをサンドラから言われたくなんかない!もう、ぜったい許せない。
 





③-2
素晴らしい、満足この上ないすてきな空想




バランスがとれていると思うもう一つの要素は。。。

翻訳小説。文化もコトバも違う海外の小説を日本語に変換するのですから、どーしても言葉遣いや表現に違和感を感じる部分が出てきたりするのはしょうがないのではないかと思うのですが、この角川文庫版は、『ああ、ここはこういうコトバで訳すのが無理がないかも』と感じる部分が多かった所です。


例をあげますと、映画版「思い出のマーニー」に、”彩香”という登場人物が出てきます。
Project 137-7

物語後半で出てくるキャラクターで、杏奈の親しいお友だちになる登場人物。
声を担当した女優の杉咲 花さん曰く、『元気いっぱいで、興味を持ったことにはどんどん進んでいく、明るい女の子です。ちょっとミーハーなところもあるので、初対面の子はじーっと観察して、いっぱい質問しちゃうような子ですね。』(角川書店刊 「思い出のマーニービジュアルガイド」より) という性格の、いかにも、ジブリアニメらしい快活な女の子です。


原作では、リンゼー兄弟の次女「プリシラ」にあたるキャラになります。


彩香との相違点としましては、プリシラはマイペースで、一人で自分の世界に浸るのが好きな”不思議ちゃん”タイプの女の子、という点でしょうか。




期待をこめてプリシラを見たけれど、プリシラはひとこともしゃべろうとしなかった。
すてきな空想の世界にひたりきっているかのように、ひとりでにこにこしながら静かにすわっている。
 

角川文庫版 「新訳 思い出のマーニー」より


*イメージ図
白昼夢彩香 背景




引用したのは、プリシラが想像でつくったという、アンナのひみつの名前を披露するかどうかというやりとりのシーン。
そうか、まわりの事はほっといても、ひとりぼっちを楽しむ、空想の世界を楽しむのが好きな子なのか。。。という場面です。


気になるのは「空想の世界」というコトバ。どうも原文では『Daydream』というような単語で書かれているらしく、ここの場面、岩波文庫版も新潮文庫版も「白昼夢」と訳されています。




でも、プリシラはなにもいうつもりはなさそうでした。まるで、満足この上ない白昼夢の中にでもいるような顔で、うっとりとほほえみながら、だまってすわっていました。
 

岩波少年文庫版 「思い出のマーニー 下」より




…すがるようにプリシラのほうを見たのだが、プリシラは黙って、ただ静かに微笑んでいる。素晴らしい白昼夢を見ているような様子なのだが、そのあいだもせっせと食べつづけていた。
 

新潮文庫版 「思い出のマーニー」より








*勝手な妄想による「満足この上ない白昼夢」
イメージ図↓
白昼夢彩香
モデル:ヤマオカ.ケン一





辞書で調べる限り、非現実的な幻想に耽ることが「はくちゅうむ」の意味なので、全く問題はないと思いますが。。。 

日本語で『白昼夢』をポジティブな意味合いで使われているのはあまり見た事はないし、どうにもこうにも私には。。。余計なイメージが膨らんでしまってしょうがないのであります。


ここは、やはり「素敵な空想の世界にひたる」というのが一番無難じゃないかと私は思います。



無難。そういう意味ではやはりこの角川文庫版は偏りなく広く万人向け。
ジブリアニメが大好きで、映画の影響で原作を読んでみたい。と言う方におすすめなのではないかと思います。






③-3
 「十一」(といち)について

 

。。。そんな角川文庫版ですが、もうひとつ気になる点をあげるならば、それは『十一』(といち)であります。
十一



”十一”は、映画版「思い出のマーニー」に出てくるキャラクターです。
無口で誰とも親交のない寡黙な老人で、原作では、『ワンタメニー・ウェスト』(Wuntermenny) という名前で登場します。
岩波少年文庫版・新潮文庫版ではそのまま「ワンタメニー・ウェスト」という名前で訳されています。


原作でのワンタメニーは、十一人兄弟の末っ子。 母親は、十一人目の子宝の誕生にいささかうんざりして、




『いいかげんにしとくれ!だいたいこの子は、あまりんぼなんだよ、ほんとに』
 
角川文庫版 「新訳 思い出のマーニー」より





と、言ってしまったが故に、「あまりんぼ」(one too many ”ワン・トゥ・メニー”を早く発音して)『ワンタメニー』という名前になってしまったという逸話をもつキャラです。

この「ワンタメニー・ウェスト」が、なぜか角川文庫版では



「それ以来やっこさんの名前は、アマリンボー・ウェストなのさ」
 
角川文庫版 「新訳 思い出のマーニー」より



日本語のニュアンスのまま、「あまりんぼ」=『アマリンボー』という名前で登場します。






アマリンボー。。。えっ、アマリンボー??
アマリンボー 十一
アマリンボー 十一 ぼかし

アマリンボー。。。。あまりんぼー。。。あま・りん・ぼう?



甘淋坊 ぼかし

甘淋坊 ハゲ 3






尼淋坊!!!
尼淋坊ハゲ 4
*「うる星やつら」をご存知の方だけお楽しみ下さい



英語で『ワンタメニー』という名前は、日本語で”尼淋坊”というぐらい、それぐらいユニークで変わった名前だ、ということなんでしょうか。。。

これもまた無理のない無難な訳かも。。。




④ 映画版関連本レビュー につづく!