先日、NHKで『発表!全ガンダム大投票 第1部 第2部 』の再放送をやっていたのをたまたま見ました。
五月にやっていた本放送を見逃していたので実にラッキー。


ふと思った事 3



ランキング形式で過去作品の良いところを振り返り、往年のガンダムファンである私は大変胸が熱くなる内容だったのですが、、、しかし、一番興味深かったのは、ガンダムの生みの親である富野由悠季総監督のインタビューでした。




富野 由悠季(とみの よしゆき、1941年11月5日 - )は、日本のアニメ監督、演出家、脚本家、作詞家、小説家。本人は演出家・原案提供者としている。日本初の30分テレビアニメシリーズ『鉄腕アトム』の制作に携わるなど、日本のテレビアニメ界をその創世期から知る人物。代表作は『機動戦士ガンダム』などのガンダムシリーズ、『伝説巨神イデオン』、または『聖戦士ダンバイン』他のバイストン・ウェル関連作品など。

Wikipediaより




ふと思った事






映画版の『機動戦士ガンダムⅢ めぐりあい宇宙編』で、連邦軍から離れて暮らすため、シャアから贈られた金塊を前に兄の優しさを想いむせび泣くセイラさんのシーン。


ふと思った事 2



これを富野監督が大絶賛。

シーンの演出を考えるまでもなく、キャラクターが勝手に動き出し話が出来上がって行く。作る側はセイラさんの後を追うだけ、という感覚を味わったとの事。





確かに素晴らしいシーン。
監督のパワーが伝わるのでしょうか、作画もセイラさんの感情が押し寄せてくるような肉感的、官能的な演技が素晴らしい(作画監督・キャラクターデザインの安彦良和さん自身の作画でしょうかね)。
これを絵で表現出来るというのは凄い事。



だから褒めるのは至極当然。

当たり前の話なんですが、しかし、昔っからアニメ雑誌等でカントクのインタビューや発言を読んだり見たりしていた者にとっては。。。






あの富野カントクが手放しで自分の作品を褒めてる!
な、泣いてる‼︎





驚天動地のシーンだったのであります。






機動戦士ガンダム〈2〉 (角川文庫―スニーカー文庫)
機動戦士ガンダム〈2〉 (角川文庫―スニーカー文庫) [文庫]
富野 由悠季
KADOKAWA/角川書店
1987-10-25



強烈に思い出したのが、小説版『機動戦士ガンダム Ⅱ』(角川文庫版のほう)の巻末に掲載されている、アニメ制作会社「ガイナックス」の創業者であり、現在評論家、著述家の岡田斗司夫さんの解説。
ちょっと長いのですが引用します。




 僕自身は会社の仕事として新作・劇場版ガンダムのメカニック設定を手伝うことになった。 そこで初めて富野監督と話をした。以下はその抄録。

 「あなた、『ガンダム』好きですか?ぼくは『ガンダム』なんかやりたくないの!キライなの!何でロボットアニメなんかしてんの!でもね、そのキライっていうのは、僕自身の問題であって、大人として、仕事として、務めっていうのか、義務を果たすべきだと思うんです」
 「つまり、ああ結局、富野のやつにはガンダムをやらせるしかないという判断が一方である。それはとてもくやしくってイヤなんです。でも大人として、仕事として、それをやるしかないって自分に決めたんです。わかりますか?」
 
 その時の僕には判らなかった。イヤな仕事なんだったらやめればいい。そんなにして造った『ガンダム』なんて見たくない。これがその時の正直な気持ちだった。

 会話はまだ続いた。

 「『オネアミス』ご立派でした。でも『ガンダム』は作品じゃないの。あんな立派な作品じゃないんです。ただの、本当に古臭いロボットアニメなんです。つまんないアニメなんです」

 愚かにも僕は質問した。
 「へーえ、『ガンダム』ってつまんなくて、やりたくないんですか?」

 富野監督は激怒した。

 「私の言うことをいちいち額面通りとらないで欲しい。私にだって、どんなに小さくてもプライドもあります。方法論も持っているつもりです。でもね、私、卑下しているんです。しなくちゃいけないんです!



富野由悠季著 『機動戦士ガンダム Ⅱ』角川文庫刊より (赤字強調・段落分けはケン一による)



、、、と、ここに引用してある通り、『卑下』というのが富野監督なりの、仕事を進める上での「方法論」なのかと思うのですが、事実、兎にも角にも私の知る限り富野監督は自身の作品や自分自身に関して、口を開けばネガティブな発言しか出てこない。




富野 (略)僕はテレビアニメの仕事をものすごくバカにしている人間なんですよ。
出口 はっ?そうなんですか?
富野 はい。こんなのは社会の最下層の人間のやることだって思ってます。

角川書店刊 『教えてください。富野です』 Johson & johnsonグループ製薬部門ヤンセン・ファーマ 出口恭子さんとの対談より。(赤字強調はケン一による。)
定番といっても良い富野監督のアニメ、ロボットアニメ大嫌い発言。






とっても片〇だと思う。

ラポート(株)刊『富野由悠季インタビュー集 富野語録』「ようこそ “バイストン・ウェル” 最終回」より。
「聖戦士ダンバイン」の主人公ショウ・ザマの、主人公としてイマイチ発奮しきれない、自己実現の行動力を発揮できない中途半端さを揶揄したコトバ。(赤字強調、伏字(わ)はケン一による。)
キライなキャラへの罵詈雑言の度合いは半端ない。






富野 それは最初から宇宙へ出す気がなかったからです。余りアムロ自体、出したくないですしね。さっさと殺してしまいたいくらいだったけれども、殺し損ねているんですよね。
——監督の考えとしては、アムロは死ぬべきであった、と言う事ですか…
富野 うん、死ぬべきだろうし、それは今でも変わらない。本当は野垂れ死にして欲しいところだけども、ああいうのは野垂れ死にはしないでしょうね。

ラポート(株)刊『機動戦士Zガンダム大辞典』 富野由悠季インタビューより。
「Zガンダム」でのアムロ・レイの役回りに関する発言。
ショウ・ザマ同様、鬱屈したキャラは大嫌いのようで…







富野  (略) で、これは親の恥をさらすことになるんですけど、ずーっと両親を見ていて感じていたことなのですが、僕は、何でこの人たちがこうも生き延びているのだろうかということが不思議でしょうがないんです。不思議なんだけど、とってもよくわかる理由があります。彼らは何も考えていないんです。(中略)
いつも口を開けて待っているような人たちだったんです。自分たちのやるべきことを何一つしようとはしなかった。
(中略)
志があまりにも低い親だったので……。で、志が低ければここまで生き長らえるのか、それはすごいなって思う気持ちと、いいかげん死んでくれという気持ちがあるんです。少しは何かを残して、まっとうに暮してきた人ならそれもいいだろうって思うんですけど、お前たちはまっとうに暮してこなかったろうと思ってしまう。



角川書店刊『教えてください。富野です』ホスピス医師 森津純子さんとの対談より。
富野監督のご両親についての発言。
「まっとうに生きてこなかった」。そこまで言うか!
身内にも全く容赦ない。
これはもう富野家の家庭の事情に類する事で、ご両親の人生も背景も知らないのに「へ〜、そんな親だったんだ〜」とは鵜呑みに出来ない訳で。
始めて読んだ時は大変驚いたのを今でも覚えてます。





こういった発言は氷山の一角。
褒めるにしても理論理屈の上で言葉を選ぶように褒める所しか見た事がない。
こうなってくるとどこまで本気で言っているのかも判然としないし、本心をさらけ出す事はせずに懸命にセルフコントロールしようとしているようにも見える…。(この監督特有のピリピリした雰囲気がガンダムのテーマ主義だのリアル路線だのと合致して、ファンにとっては何だかとっても魅惑的だったりするのでありますが。)




そういう光景しか見てなかった私には、何とも泪を流しながら(!)」自分の作品を「自画自賛する」。という、素直に自分の感情を表現する監督の姿 (‼︎) にはファンとしていささか驚いてしまったのであります。





しかし、、、富野監督は今現在、年齢は七十歳半ば。
そういえば同世代の宮崎駿監督も『風立ちぬ』の試写で涙を流していたし、七十代とはそういうものなのでしょうか。。。




これも一種の刻の涙というものか、とか思ってしまいます。
ネガティブな意味では無く。










引用しました書籍


富野語録―富野由悠季インタビュー集 (ラポートデラックス)
富野語録―富野由悠季インタビュー集 (ラポートデラックス) [ムック]
富野 由悠季
ラポート






アニメ雑誌「アニメック」編集長小牧雅伸氏による、1979年から1998年に渡る富野監督のインタビュー記事を発表順にまとめたもの。
何と言っても『ザンボット3』の時代からのインタビューが載っている。70年代のアニメファン界隈の雰囲気も知ることが出来る、資料的価値は高いと思いました。
ただし、掲載されたものをそのまま載せるというコンセプトらしいので作品放映中に取材された、「この作品の今後のストーリー展開はどうなるのか」的な『イヤ、そんなのもうこっちは知ってますし…』と、若干言いたくなるようなインタビュー記事もあったりして。
しかし、当時の空気を知ることが出来るという意味では実に面白い。やはり資料として、昔の息吹を感じることが出来るという事に大きな意義があるように思います。

個人的には、「聖戦士ダンバイン」、「重戦機エルガイム」あたりからのインタビューが、ストレートに作品の内容・テーマに言及したものが多く、面白い。
特に「エルガイム」のインタビュー。監督のアニメ業界への懸念からの教育論、作家論。ストーリー展開から説かれる女性観、人生観など、まあ実に多岐にわたり述べられており読み応えあり、です。

レオナルド・ダ・ヴィンチ的と言ってもいいような富野監督の内面的な領域を、歴史を追って感じることが出来る、富野ファンには必携の書と言えるかも。



教えてください。富野です
教えてください。富野です [単行本]
富野 由悠季
角川書店
2005-05-23



富野監督が話を聞きたいと考える各界のオピニオンリーダーとの対談集。月刊ガンダムエースに連載されていた対談記事を書籍化したもの。
作家の福井晴敏さんの巻末解説に書いてありますが、対談企画というのは大変プレッシャーもかかり、対談相手について勉強しておかなければならない等負担の大きいものなのだとか。それを毎月のペースで連載で行なっていたのは驚異的。もっとも、巻頭言の富野監督の文章を読む限り、プレッシャーよりも「知ることが元気に結びつく」と感じていたようですが…それはそれですごい。
連載時、私はガンダムエース誌上で読んでいたのですが、今読み返してみると、最近私が気になって本を読んでみようかと思っている学者さんが対談相手にいたりして、「えっ、この人と対談してたのか」「あっ、この人も!」てな感じでその対談者の顔ぶれの多彩さに驚き、一度読んでる筈なのに読みふけってしまいました。
一貫して語られているのは、国家であれ、戦争であれ、政治であれ、教育であれ‥ 既成概念を取り去った上で、地に足を着けた正しいリアリズム…(富野監督の主張はかなり保守系ですが)という事でしょうか。
ただ、十年以上前に刊行された本なので、当時の首相である小泉純一郎さんの話題とか、イラク戦争等の時事問題が出てきてプチ隔世の感があります。
あくまでも当時でのタイムリーな話題を元に語られているので、今読むとちょっと違和感があるかも。
そういう意味では『富野語録』とは真逆。逆の意味でこの本もファンアイテムと言えるかも知れません…。