十二月十四日午前十時ついに袈裟懸けは熊狩り隊によって射殺されました。




三毛別羆事件 5-39
↑ 講談社漫画文庫『野性伝説 羆風』下巻 p257 より

被弾地点から二キロほど離れた国有林で、袈裟懸け羆を発見した隊員が発砲。二発の銃弾が心臓近く、頭部に命中し絶命。

その羆の様相は、体長2.7メートル、体重は340キロもあり、推定7・8歳。金毛を交えた黒褐色の雄で、「頭部の金毛は針のように固く、体に比べ頭部が異常に大きかった。これほど特徴のある熊を誰も見たことはない」(『慟哭の谷』65p) という巨熊だったようです。





三毛別羆事件 5-40





十二月十四日午前十時三十分、それまで晴天だった天候は急激に悪化し、翌十五日まで北海道北西部を襲う大暴風雪になりました。


三毛別羆事件 5-41



三毛別地方の農民は、これを「羆風」と呼び、後世まで長く語りつがれることとなった。
「熊の暴挙が天の怒りに触れ、昇天を阻んだため」とか、「熊の怒りが嵐を呼んだから」とか、農民たちはささやいた。


文春文庫刊 木村盛武著『慟哭の谷 北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件』より



三毛別羆事件 5-42








山本兵吉氏と羆風





「羆風だ」
と兵吉はもう一度つぶやいた。
傍にいた若者が、
「羆風って何だね?」
と訊ねた。兵吉は答えなかった。


戸川幸夫著『羆風』より




この日の熊狩り隊に参加し、袈裟懸け羆をしとめるという偉業を成し遂げたのが、小説「羆風」でも実名で登場する山本兵吉さんでした。


三毛別羆事件 5-43
『慟哭の谷』に掲載されている写真よりトレス



隣村の鬼鹿村に住み、「宗谷のサバサキの兄」と呼ばれ、熊撃ち・鉄砲撃ちにかけては天塩国にこの人ありと謳われた評判の人だったそうです。





実際には山本兵吉さんは六線沢で起こった熊害事件の事は全く知らず、猟のためにたまたま立ち寄った三毛別で事件の事を知り、熊狩りに参加したのだとか。

、、、という経緯からすると、山本さんが袈裟懸け羆を撃ち取った事実は偶然の要素が強いようにも見えるのですが、、、しかししかし。 


三毛別羆事件 5-44
講談社刊 戸川幸夫動物文学全集〈6〉に「羆風」は掲載
戸川幸夫(著) 



小説『羆風』では、「羆風」の存在を山本さんの口から語らせるなど、その描写は「山本兵吉」というキャラクターに野性とか、より大きな意思を代弁する役割を表現させているようにも思いました。



すなわちこの事件を解決したヒーローとして、超越的な存在と人間とを結ぶ預言者的な役割





例えば日本のスーパーヒーローにも、そういった要素を持たせてキャラクターを際立たせている例は多いのではないでしょうか。




三毛別羆事件 5-45
鳥山明著『Dr.スランプ』デジタル・ジャンプコミックス版 第1巻より
真っ白アラレちゃんウルトラマン


「ウルトラマン」では、ウルトラマンの〝光の国からやって来た〟という設定は、『光の国』という言葉に(人工太陽エネルギーによってウルトラの国の機能が維持されているから、という設定から来ている名称みたいですが‥)どこか〝天からの使者〟というようなニュアンスを感じますし、



三毛別羆事件 5-46
講談社刊 石森章太郎著 『仮面ライダー』第1巻より


石ノ森章太郎先生による漫画版『仮面ライダー』では自分は大自然から遣わされた戦士。大自然の意思を司る者だという意味の事を言っている。





「若いころ樺太で熊をサバサキ包丁で刺し殺したことから」(『慟哭の谷』82p) ついたあだ名が『サバサキの兄』。「一説では生涯に捕った熊は三百頭を超えた」(慟哭の谷83p) とも言われるマタギとしての逸話の数々。
山本兵吉さんに漂うカリスマ性は、そういったヒロイズムを投影出来る人物であったのではないかと思います。





小説『羆風』で度々語られる「野性の裁き」。
「野性」とか、超越的な意思がこの小説のテーマだと思いますが、同時にそれはこの事件の焦点でもあるのではないでしょうか。
その真相には、この事件のヒーローとも言える
「山本兵吉」という存在から迫る事も出来るのではないかと思うのであります。





その意味で、『羆風』より後に吉村昭氏によって執筆された『羆嵐』は物語の中心が山本兵吉さんの存在になっており(劇中では「山岡銀四郎」の名で登場)、その面での掘り下げはより深い作品だと思います。


羆嵐 (新潮文庫)

羆嵐 (新潮文庫) [文庫]
吉村 昭
新潮社


1977年刊





5-④ 『羆嵐』の感想 につづく!